はじめに~ノストラダムスの影響

ノストラダムスの大予言とは、1503年フランス(仏)生まれのノストラダムスが書いた予言書のことである。

前世紀末に注目を浴びたノストラダムスの大予言は、宗教家だけではなく一般の人々にも影響を与えた。

10巻の72の「1999年7月に人類が滅びる」という解釈が流行したのが最大の原因だが、実際にはほとんどの専門家は滅びないことを知っていた。

現在も活躍中の飛鳥昭雄氏の1992年の著「ノストラダムスの謎」より引用&編集すると、

この四行詩(10巻の72)は、恐竜の絶滅原因説の500パターンに匹敵するほど数多くの解釈がある。たとえば、

1999年をはさんだ前後に大きな戦争が2回あるとは思うが、人類が滅びるというほどではない。 なぜなら、ノストラダムスが紀元後3797年までの予言を書き残すと言っているためである。

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フランス王アンリ二世への手紙より

ノストラダムスは、予言書を贈呈する際、「フランス王アンリ二世への手紙」で次のように書いている。


「予言は永遠にして至高の力たる聖霊の口から生まれるものであり、聖霊は天界にあって驚くべき大いなる出来事を予告するのです。

地上にある私などが及ぶところではありません。

すべては神に由来するのであり、その意味で私は神に感謝し、名誉と尽きざる賞賛を捧げるものです。

ただし私が言うのは神と自然に由来する予言のことであり、運命に由来する予言は含みません。」


ノストラダムスの予言の実現には想像を超えた知能を持つ神が関わっているのである。

黙っていると的中するが人に教えると外れる確率が増すなどの現象は神の意志によるものである。

予言など、みだりに信じてはならない。

悪い予言は当たらないように努力し、当たった場合は反省して心を改めるべきである。

重要なのは、感謝の心を持ちながら生活することである。

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ノストラダムスの大予言より

エリカ・チータム著「ノストラダムス全予言」によると、

予言集は全十部からなっている。それぞれ百篇の詩からなるが、第七部(全四十二篇)だけは完成されていない。

エリカ・チータム著の日本語訳に加えて、自ら研究されたと思われる日本人によるそれぞれの解釈もそれぞれの著書より引用する。

その他の引用著書はこちら

ノストラダムスは、予言集のうちの最初の二つ(1-1、1-2)で、予言方法とそのときの状況を説明している。

《 1-1 》
「エリカ・チータム著」の訳 「オウム真理教翻訳チーム著」の訳
深夜、秘密の書斎にひとり坐る 夜、秘密の書斎で
それは真鍮の三脚台の上に 一人、真鍮の椅子に座って休んでいると
幽かな炎が空よりたちのぼり 小さな炎が静寂の中から飛び出し
みだりに信じてはならぬものを成就させる 無意味とは思えないことを告げる

《 1-2 》
「エリカ・チータム著」の訳 「オウム真理教翻訳チーム著」の訳
手にする杖を三脚台の真ん中に置く 予言の神アポロンの三脚台の真ん中で ヘルメスの杖を手に持ち
衣服のヘリと足に水をふりかける 水によって事の成り行きと詩のもとを形作り
声が 恐怖が ガウンに包まれた身体が震える 弱者たちのために恐怖し声が震える
神々しい光彩 神は在すかたわらに 神の栄光、神はすぐそばにいる

具体的にどうやって予言集の作成に応用させたかは、この二つの詩だけではわからないが、「フランス王アンリ二世への手紙」で書かれていた“予言は神から由来するものである”という言葉には嘘がないことがわかるだけで良いと思う。

身体が震えるほどに神に憑依されたような日常ではありえない感覚。神がすぐそばにいると感じたのである。


次は、オウム真理教翻訳チーム著で“気がかりな二つの予言詩”として紹介されている予言。

《 4-31 》
「エリカ・チータム著」の訳 「オウム真理教翻訳チーム著」の訳
月 深夜 高山の上にかかり 真夜中、高い山の上に月
頭脳のみ有する若き賢者それを見たり ただ一つの頭脳を持つ新しい賢人がそれを見た
不滅の存在たらんと弟子たちに招かれ 弟子を通じて不死になることを訓戒する
双眼を南の方へ 両手を胸に 体は火中にあり 目は南に、手は内奥、体は炎に

これは、みのもんたと今回(2010年)盛り上がったワールドカップサッカーがらみの予言である。

4-31は朝ズバッ前の夜中にテレビで応援しているみのもんたを指している。4=夜、3=み、1=ノである。

エリカ・チータムと言うと新体操チームや芸能界を連想するのが普通だが、これを書いている今、エリカ・チータムはサッカーチームと読める。

著の説明によると月はキリスト教を背景とした社会(悪く言うと競争格差社会)を言い表している。

サッカーはスポーツだから競争するものである。

“高山の上にかかり”は意識レベルの高いグループに属することを示している。

“頭脳のみ有する”は、選手は足を使って試合をしているが、応援側は精神的高揚のために応援したりするだけで試合はしないので使うのは頭だけである。

岡田武史監督にもあてはまる。

“若き”は意識や思いが若いという意味である。

視聴者に対して永遠にこの幸せを味わいたいと伝えている。

みのもんたは黄色のメガネをつけて双眼で南アフリカを見ていた。

みのもんたは両手を胸に、いつも熱い。

栄光の背番号3番を背負った駒野が有名になり、「わが日本代表は永遠に不滅です。」と誓った。

2011女子W杯サッカー(ドイツ大会)では、本来なら勝って大騒ぎするところも被災者の心情を考慮して控えめの報道。

決勝では、朝ズバッ開始早々の大震災関連のニュースを伝える中でも裏番組で生中継中の試合への熱い思いを視聴者に伝え、なでしこジャパンに通じた。

破滅予言と絡めてこの詩を紹介しているので、そういう目で見ると4-31は震災と読めてしまうのだが、著の説明によると、予言集が出版された1555年から431年後ということで麻原尊師が宗教活動を始めた1986年を示すものである。当時オウム真理教総本部が富士山近くの富士宮にあり、“不死”という訳に至った。

大川隆法総裁は、1986年10月に幸福の科学を設立している。

この年の勤労感謝の日に第1回目の説法が行われてから、2011年5月で1500回を突破したとのことである。

「人間は、魂として永遠の生命を持っている。」という真理を説かれている。


《 1-91 》
「エリカ・チータム著」の訳 「オウム真理教翻訳チーム著」の訳
神が人間にお示しになるだろう 神々が人類に姿を現わす
汝らこそ痛ましい争いの創り手とならんと 彼は大きな戦争の首謀者となる
空が剣と槍から解き放たれてなごむ前に 神の前に静まり返って見える軍事と攻撃
未曾有の深傷が左手の方に刻まれよう 左手に向かってもっと大きな衝突を起こす

解説によると、地図上(フランスを中心にして)で左手の側に当るのはアメリカであり、「未曾有の深傷」とはベトナム戦争の敗北に他ならないとしている。

1-91を左右入れ換えると、911となる。

テロリストに対してもアメリカに対しても言えることである。

1995年の地下鉄サリン事件の8年後に攻撃開始したイラク戦争。

さらに8年後の2011年3月20日、前日リビアへの軍事作戦が始まったことをテレビで伝えた。

イラク戦争と違うのは、「カダフィ政権による市民への攻撃を阻止するという国連安保理の決議を受けての行動」という点。

オバマ大統領、「リビアの人々を救うために限定的な軍事作戦を承認した」と述べ、地上部隊の派遣など大規模な軍事力を投入する考えはないことを強調。

中国とロシアは軍事作戦に反対。この両国、善か悪かよりもアメリカの反対勢力を支持しているだけのようにも思えるが反対したことは正しいことである。

問題は日本の対応である。自衛隊を出さない日本がなぜ戦争を支持するのか。

戦争は罪のない人々が犠牲者になる。

オバマ大統領が「言葉で批判するだけでなく部隊を出せ。」と言っているが、戦争に反対している人達は、言葉通り部隊を出さないことを支持している。

オバマ大統領の真意には、核を捨てたリビアへの攻撃をアメリカが主導すると、北朝鮮が核を持つ権利を高めるという危惧もあるものと思う。

オバマ大統領はポリシーよりもマスコミの風潮や世論調査を重視したという説もある。

リビア政権を打倒できたとしても、結局はリビアの民主化を実現するために国連が苦労することになる。

相手の文化を理解できずに破壊だけして自分たちの文化を押しつけると、自分たちの文化の問題点が露わになる。

露わになったことは良かったと言えるが、罪のない多くの犠牲者を出した。

2011年3月11日は日本の核(原発)が他国に脅威を与えた。

チェルノブイリの教訓が生かされていないという指摘もある。

安全神話前の原発反対議論を忘れず、電力を利用する側も謙虚に生きる必要がある。

シャマラ氏

「私なら“神々が姿を現わす”ではなく“人類が神に向かっていく”とします。信仰が高まって、人間の力が神々に近くなっていくということなんです。」

対して麻原尊師

「神が人類に破局に至る戦争を起こさせるという『ヨハネの黙示録』の預言を背景として“神々が人類の前に姿を現わす”という取り方をしたんです。『ヨハネの黙示録』では、神が人類の積み重ねた悪行を清算させるために、ハルマゲドンとその後に続く戦いを起こす。そういう意味では、“神々が人類に姿を現わす。彼は大きな戦争の首謀者となる。”といえる。」

シャマラ氏

「予言詩の解釈には注意が必要です。事件が起こった後に予言詩と結び付けるのは問題ないのですが、未来の出来事に関して解釈を公表することには気を付けなければなりません。未来に関する予言詩の解釈が外れてしまったという例もありますから。」

黙っていると的中するが人に話すと外れる確率が増すなどの現象があるので、悪い予言はなるべく公に出してほしいと思う。人から変な目で見られることが多くなると思うがそれでも、公に出してほしい。


次は、オウム真理教翻訳チーム著で“キリスト教社会の終焉と予言集の成就を予言した”として紹介紹介されている予言。

《 1-48 》
「エリカ・チータム著」の訳 「オウム真理教翻訳チーム著」の訳
月の治世二十年が過ぎれば 二十年間の月の統治の後
別の御代七千年がつづくだろう 七千年間、別の者が王国を支配する
疲れきった太陽が軌道をめぐりはじめれば 太陽が月のうんざりした日々の責任を引き受けるとき
そのとき我が予言と脅威は成就するだろう わたしの予言は成就し(わたしの詩は)それ以降なくなる

解説によると

「天変地異でボロボロになった地球を21世紀はじめに生きのびている人たちが月に脱出する。

20年間の準備期間の後、太陽系のどこかの星で七千年もの文明がつづく。

さらに、はるかな未来、太陽の寿命がつきようとするとき、予言が成就する。」

という現実離れした訳。

加治木義博著「【真説】ノストラダムスの大予言」の訳も紹介しよう。月をイスラム教社会として次のように訳している。

  • 君臨していた月(の旗=イスラム教と石油ほか)の青春時代は去り
  • 七千年中にその君主政体は他人が所有する
  • その疲れた日々を太陽(日本)が獲得するとき
  • 私の予言の目的もまた成し遂げられる

キリスト教徒やイスラム教徒が少ない日本人だからできる訳と言える。

日本人も世界を指導する努力をしなさいという御言葉である。

キリスト教徒とイスラム教徒あるいは米韓と中朝の間に入ってハルマゲドンを回避しなさいということである。

中東はすでに日照時間の長さを生かした太陽光発電の時代に向かっている。

麻原尊師は

「2035年にキリスト教社会が終焉して、単に光を反射するだけの月に代わって、自ら光を発する太陽が、精神的荒廃の責任を引き受けるとき、わたし(ノストラダムス)の予言が成就して、それ以降自分の予言は役たたなくなる。」

と解釈している。

35年キリスト処刑説を採って、その二千年後ということで2035年が得られるのだという。

さらには、4-31の予言が予言集出版の1555年から431年後の予言だったので、直観で48を480年後として 1555+480=2035年が得られるとのことである。

上には上がいるものである。

五島勉著「ノストラダムスの大予言Ⅱ」では『ブロワ城の問答』を掲載したあと、この予言詩を紹介している。

月から受ける印象は、闇夜の閉じた世界。太陽から受ける印象は、照明がなくても明るくてオープンな世界。

人類が、他人=別の者=神とともにあることを知る。

隠し事をやめて情報をオープンにすることで神に近づくことができ、世界に平和が訪れて恐怖の予言も必要なくなる。

そして、ノストラダムスの魂が報われる。


次は、オウム真理教翻訳チーム著で“太陽の社会に関連する、まだ成就していない予言”として紹介されている予言。

《 5-53 》
「エリカ・チータム著」の訳 「オウム真理教翻訳チーム著」の訳
太陽の法 金星と争う 太陽の法と金星が争う
予言の精をあてながら 予言に合った(予言されていた)魂を支配者にする
一方 他方 ともに理解されぬ 二つのどちらも理解しない(お互いに理解できない)
偉大なるメシアの法 太陽により保持される 偉大なメシアの法は太陽に由来する

解説によると

「太陽はキリスト教、金星はイスラム教を象徴する言葉として使われていて最終的にキリスト教が世界を支配する。」

としている。

キリスト教が世界を支配するなどと考えず、アラーの警告に忠実に従い、イスラム教をも守ってハルマゲドンを回避することである。

麻原尊師の説明によると、

太陽は、自ら光を発するものであり、一定して放射をする永久の炉であり、常に姿を変えず、金の光のように安定し、不変のものである。

つまり、絶対的なもの、真理である。

それに対して、金星とは、快楽の分配者である女神ヴィーナス。

悩ましげで官能的、柔らかな存在という見地によって肉体の中の魂を魅了。

人生の厳しさを巧みに避け、その魅力を享受するというタイプ。

太陽に属するものと金星に属するものが争うが、お互いに理解できないということを表わしている。


次は、オウム真理教翻訳チーム著で“ノストラダムスの時代から近い予言ほど具体的な表現”として紹介されている予言。

《 1-10 》
「エリカ・チータム著」の訳 「オウム真理教翻訳チーム著」の訳
棺は鉄の納骨堂に安置される こうかつな人が鉄の牢獄の中に追いやられた
そこには王子七人が収められている そこには王の七人の子供たちが捕らえられている
代々の先祖が地獄の底から頭をもたげ 旧教徒と新教徒が修羅場から後に生じる
こんな死に方をした一族の子孫を嘆き悲しむだろう けれども、暴力的な歌声によって、確かに決別する。死と叫び

解説によると、

「ヴァロア王朝の崩壊とアンリ3世の死を予言したもの。第三行は冥界から立ちもどってヴァロア家の終焉を嘆き悲しむ先祖の亡霊を詩的に暗示している。」

麻原尊師は

「ヴィジョンを見やすいため、予言は近い未来のものほど具体的になるものだ。」

と書いているが、この訳だけを読むと、オウム真理教の信者達のことのように読める。

村岡氏ひきいる旧教徒と上祐氏ひきいる新教徒と解釈できてしまう。


次は、オウム真理教翻訳チーム著で、最終章で“一九九九年の謎”として紹介されている最も有名な予言。

《 10-72 》
「エリカ・チータム著」の訳 「オウム真理教翻訳チーム著」の訳
年は一九九九年と七ヵ月 一九九九年七の月
恐怖の大王が天より姿を現わすだろう 恐怖の大王が天からやってくる
彼はアンゴルモアの大王を蘇生させ 神の御使いモーゼが甦る
その前後は火星が幸せに支配する 未来の前に軍神がボン教の予言にしたがって統治する

解説によると、

「ノストラダムスの名をもっとも高からしめている予言詩である。

恐怖の大王の正体は宇宙の悪の勢力の頭領だろう。

そしてアンゴルモアとは、おそらく地球に善良な市民としてカムフラージュしていた、悪の組織(闇の世界)の指導者を指すのではあるまいか。

そして、この恐怖の大王とアンゴルモアが呼応して、人類社会を破滅に導くという筋書きではないのか?

いずれにせよ一九九九年八月(暦法の関係で現在は八月と説明している)には、地球上に想像を絶するような出来事が起こる。」

麻原尊師は、

原文「grand Roy d'Angolmois」の訳にこだわり、通常アングーモワ(アンゴルモア)とされる部分の「Angolmois」を「Angel」+「Moise」とこじつけて、「神の御使いモーセ」と訳している。

同様に、通常「幸せに」と訳すところを、「ボン教の予言にしたがって」と訳している。

そして、ヨハネとノストラダムスとボン教の創始者の三人の予言が合わさったとき、一九九九年が確定する!」と説明している。

このような訳を軽くて凡人の私が読むと、「Ango」+「Noise」とこじつけて、「暗号はノイズだ。はっきり申せ。」と訳すところである。

麻原尊師は、聖書の本質的な部分は掴んでいたものと思う。

飛鳥昭雄著「[言霊でしか解けない]聖書」の解釈も紹介しよう。

『軍神とは軍事的超大国のアメリカである。

アメリカが、世界を民主化とグローバル化で制覇しようとし、平和という大義名分を掲げて「対テロ戦争」を始めたのが、なんと1998年8月21日だった。

その日、アメリカは宣戦布告もなく、アフガニスタンとスーダンに向けて、巡航ミサイル「トマホーク」を100発近くも発射したのである。

国連の安保理でも非難を浴びたが、アメリカは黙殺し、下院議員が「我々はテロとの戦争という、新たな未知の領域に足を踏み入れた。」とコメントを出した。

また、テロ専門家の一人は、アメリカの新しい世界戦略をこう分析した。

「国家を後ろ盾にしてきたテロ組織は、いまや国境を越えてミニ・コングロマリット(複合企業)化しているため、たとえその本拠地を攻撃しても、その攻撃地点にある国家への攻撃には該当しない。」

対テロ戦争は、ニューヨークを襲った2001年の同時多発テロ「9・11」がきっかけになったわけではない。

太陽系の惑星が十字に並ぶグランドクロスが起こった1999年8月の前の年に、アメリカは平和の美名を盾にして対テロ戦争を起こしていたのである。』

以上は、同時多発テロ発生後の解釈である。

アメリカは長野五輪の開催中さえも不安を煽る行動をとっていたが、終末に備えて万全を期したという解釈もなりたつ。

飛鳥昭雄著を紹介したので、嶋美鶴著「人類最後の救い」も紹介する。

「元統一教会員におくる福音」という紹介がなされているが、統一教会という存在を超えた内容となっている。

聖書ベースの説明がなされているが、ノストラダムスに触れていないところが、信頼性を高めている。

「第三イスラエルとして立つ韓民族は、必ず摂理を完結させなければならない重要な立場に立つ。」という言葉は、まさに現在の韓国のことを書いていると言える。

韓国はアジアのリーダーとして最もふさわしい国の一つと言える。

1988年のソウル五輪が人類救済歴史を導かれる神によって、摂理的に開催された大会だったとも書かれている。

確かに、モスクワ五輪とロサンゼルス五輪の後、両陣営が揃った意味のある大会だった。

朝鮮戦争で家族が分断された方が最高齢の聖火ランナーだったり、第二次世界大戦前(ドイツ分断前)のベルリン五輪の

男子マラソン金メダリストのソン・ギジョン氏が最終聖火ランナーの一人として出場したりした。

日本人としては、ソウル五輪どころではなかったという人も多いと思うが、マラソンに期待した人も多かった。

歴史を知ると勝てなくて当然だったという思いになる。

ソウルというと魂や霊を連想させる。選手が過去の歴史の影響を受けなくなるようにするためには、オープンな社会にすることだろう。

現在、日本テレビや隠れ韓国ファンの石原都知事がマラソン人気に貢献されている。

ヨン様をはじめ、多くの分野で韓国の洗練された技術が日本に浸透している。

あとは、イスラム教の「平等」を道徳心によって支えることである。

最近のNHKの日韓若者生討論では、「元をたどれば、朝鮮半島の分断の責任は日本にある。」と言った人がいた。多くの韓国人の本音なのかもしれない。

この番組によると、韓国人にとって一番有名な日本人は伊藤博文だそうである。一方的な固まった教育がなされているためだと思う。

「日本が韓国を導いてきた。」などと日本人が言うべきことではないが、近頃の周辺国の軍事力は確かに過去の日本の影響である。


次は、オウム真理教翻訳チーム著で“1999年以降が予言されている秘密の詩”として最後に原文のみ4編(10-73、74、75、76)紹介されている予言。「ノストラダムス秘密の大予言」というタイトルから、重要視した詩であることがわかる。加治木義博著訳より引用して併記。

《 10-73 》
「エリカ・チータム著」の訳 「加治木義博著」の訳
現在は、過去とともに 過去も現在も一緒に
ユピテルの大いなる者により裁かれよう 偉大なジュピター(日本人)に裁かれる
世界が彼に飽きるとも時すでに遅く 世界が彼に飽きた時は、もう手遅れ
また宣誓する聖職により不実になるとも 宣誓した宗教家に、事実ではないとされようとも

《 10-74 》
「エリカ・チータム著」の訳 「加治木義博著」の訳
重要な第七の数字の年が完結し 七番目の大きな数が満ち
それは虐殺の試合の時に現われるだろう 大虐殺に賭ける時に現われるだろう
大いなる至福千年の時代から遠からず 大変偉大な千年紀に遠くないころに
死者はみずからの墓から蘇るだろう それらは何と!それらの墓から抜け出すだろう

《 10-75 》
「エリカ・チータム著」の訳 「加治木義博著」の訳
久しく待望されながら、彼はヨーロッパには戻らぬだろう どんなに永く待望しても、それは欧州には二度と現われず
姿を現わすのはアジアであろう アジアに出現する
徒党が大いなるヘルメスから送り出され 偉大なヘルメス系のまとまった国に
東洋のあらゆる他の権力を越えて、彼は力を伸ばすだろう 東洋の全ての王たちを凌駕する

《 10-76 》
「エリカ・チータム著」の訳 現在
大いなる元老院が盛儀を識別するだろう 裁判によりオウム真理教に対する判決が下される
のちに懲罰され、追放される人物の 麻原尊師の
彼の取巻き連中はらっぱの音に誘われ 彼の取巻き連中はらっぱの音に誘われ
彼らの財産は売りに出され、敵は駆逐される 信者経営店は売りに出されるが、名前を変えて信仰を続ける

宗教家の役目は、どのように生きるべきかを示して人類を幸福に導くこと。

偉大と信じている過去の予言者が滅亡の予言を残しているなら、滅亡しないように努力することが宗教家の役目である。

超能力なるものを自慢したがる宗教家がまれにいるが、たとえば予言が当たったと言って自慢する人達がいるが、悪い予言があたった場合、予言した効果がなかったことを示すものであり、次は、黙って見てることなく、当たらないように努力しなければならない。

麻原尊師は、死刑を宣告されて、「なぜなんだ。ちくしょう。」と言ったという。

麻原尊師の魂はたぶん、

「自分は真実の追究と本物のハルマゲドン回避のために最善を尽くした。

教団を守るためには人をポアすることもやむなしだった。

神の教え通りに行動したら、結果的に自然現象による警告同様の無差別殺戮につながった。

伝授したはずの部下が法廷で裏切りやがって。部下がハルマゲドンを選択するとは。

なぜ死刑なんだ。ちくしょう。」

という感じだと思う。

今は天罰で悪霊に憑依されていて赤ちゃんのような状態だが、

「我が法を極めていない人間に何を言っても無駄だ。

人々は自分を罪人呼ばわりしているが、全能である神はすべてを知っている。

理解される日がいつか必ず来る。」

などと勘違いしている可能性があると思う。

サリンをまいては逮捕されるのが当然である。弁解の余地はない。

大韓航空機爆破事件の実行犯であるキム・ヒョンヒを絶対許せないと言う韓国人被害者家族の気持ちも理解できるが、日本人からみると、悪い人達に利用された同じ被害者という視点で見ることができるため、許せる。

オウム真理教の人達は神に利用された同じ被害者という視点で見ることができるため、条件付きではあるが、私は許せる。

オウム真理教に限らず、多くの宗教家が多様な犯罪で逮捕されたりしているが、神が宗教家に憑依して、社会の鏡を返しているかのようである。


次は、加治木義博氏が、日本編で、互いに関連したものを集めて、“インチキ「救世主」の出現と末路”として、話題の新興宗教(オウム真理教と幸福の科学など)を批判していた五編の詩である。誰もが反省すべき部分が含まれている。

《 1-42 》
「エリカ・チータム著」の訳 「加治木義博著」の訳
ゴチック流に数えて カレンズの四月十日が 例のゴチック式の四月一日、実は十日
よこしまな人びとの手で蘇る 抜け目のない連中が、さらにもう一度呼び起こす
火が消されて悪魔の集いが 火のようにメッキした、悪魔的な集会
プセルスの邪神の骨を探し求める 愛する人のと、神秘家プセルスの骨を探し求める

解説によると、

「カレンズとは古代ローマ暦で朔(ついたち)を意味し、西洋新暦が導入された際、十日が削除された。

するとノストラダムスは暦が変わることを知っていたのか?また詩の後半では、予言詩集を生み出す魔術的手法を描写していると思われる。

したがってノストラダムスがこの予言詩集を書きはじめたのは、旧暦の四月十日に相当する、ある聖金曜日(キリスト受難日)かもしれない。」

加治木義博氏の解説では、

「四月一日はウソつき日「エイプリル・フール」の意味に使ってある。

抜け目のないイカサマ師が暗躍を始めて、ウス気味の悪い雰囲気のメッキで盛上げた悪魔的な大集会を催し、愛した者や古代の魔法使いの骸骨を探すような真似をする。

すでに九一年にはハデな集会が開かれ、世間の批判を浴びたものもある。

ではその中身は?その目的は「ゼニ儲け」だと、その言動が自己証明している。」


《 8-78 》
「エリカ・チータム著」の訳 「加治木義博著」の訳
ねじれた舌をもつ冒険好きの傭われ兵 ある大ウソつきが、その間違った言葉と一緒に
神々の神殿に足を踏み入れる あの犯してはならない“神の聖域”へ割りこんできた
異教徒にさあどうぞと門をひらき 彼は常識はずれな異説をとなえる者に、その門を開き
教会を煽って好戦的にさせるのだ 教団を軍隊式に掻き立てるのだ

解説によると、

「異教徒という語などから、この詩は宗教的な問題から勃発する争いを、一般的に述べたものといえよう。」

この訳だと、“ねじれた舌をもつ冒険好きの傭われ兵”から、宗教を批判するマスコミや評論家という解釈の方が近い。

拡大解釈すると、わざと自民党と民主党の短所を大げさに吹聴して戦わせ、視聴率を稼ぐ政治評論家という解釈もできる。

もちろん、そんな人などいないと思うが。気がついたら自民党も民主党も消えていたりして。そんなことがあってはならない。

相撲の世界では、ふと気がつくと朝青龍も琴光喜も消えている。朝青龍がぐれたのには理由がある。

神事とは思えないファンの品行の悪さが目立っていた。多くの人に影響を与えるテレビというメディアで“朝青龍を許せない”と言う人気キャスターの言葉を聞いて、現状が予想できた人は多いはずである。

加治木義博氏の解説では、

「今すでに現れている新興宗教は、その教祖の言うことを聞き、書いたものを読むと用語は[間違い]だらけ、言っていることも[間違い]だらけで、こんなものにどうしてダマされるのか?と不思議なほどである。

こんな[大ウソつき]が、神聖な[神の聖域]へ[割りこんできた]。

それは無知だからで、本当に「神や霊」を知っているのなら、天罰の恐ろしさに、とてもそんなことはできないはずだ。

その男と彼を操っている奴らは、カネを儲け、本を売るために、ワケのわからない常識はずれなことを言う者どもをドンドン加入させる。

そうして昔の日本の[軍隊式]に理屈の通らない不合理な強制で信者をガンジガラメにして、見せ掛けだけは「景気よく、明るく、活気のある」[教団]に見せかけて、新しい「餌食=新会員」をオビキよせるのだという予言。」


《 3-34 》
「エリカ・チータム著」の訳 「加治木義博著」の訳
そこで日蝕が起きるとき 日本が金を支払うそのとき、それは欠席するだろう
白昼 怪物が見られよう 安定した平穏な日にその怪物が見られるだろう
まるで異なった解釈が それについてなされよう 人々は全く別のやり方で説明する
彼らは高価な犠牲を気にせず なんぴともそれを供給しないだろう 高い値段でも保障はない。霊気はゼロ、見ることはできない

解説によると、

「日蝕が起きるとき怪物が出現し、それは飢饉や早魃、予期せぬ災害の原因となると予言している。

怪物はその言葉どおりにも、あるいは比喩としても解釈しうるため、結局どういう事件を指すのかはほとんど謎に包まれている。」

この訳から、加治木義博氏とまるで異なった解釈をすると、

「日本の政治が蝕まれるとき、白昼、与野党の党首がテレビで見られ、山積する課題について、まるで異なった解釈がなされよう。

彼らは国民の税金を惜しげもなく使い、保障はしてくれないだろう。」(私が言っているのではない。私は党首は働き者だと思っている。)

「まるで異なった解釈がなされているホームページに私が白昼にメッセージ投稿して東日本大震災が起きた。」という、とても人のことが言えない事実がある。

メッセージ投稿の内容に問題がなければ気にすることもなかったのだが。

加治木義博氏の解説では、

まるでヒトラーにでもなったつもりで偉そうに演説するが、その「霊が宿った」と自称する人間は、日本が湾岸戦争でPKO協力といった問題に悩んでいるときには[欠席]していて、その解決には何の役にも立たなかった。

そのくせ湾岸戦争が終わって世界が平穏になるや否や、とたんにニギヤカに現れる。

皆さんは[その怪物を見られるだろう]という予言だが、今、日本で本当に、そのとおりのことが起こっているのは、ご存じの通りである。

そのグループの連中は[全く別のやり方]すなわち豊田商事や「ネズミ講」や「マルチ商法」を真似た手口で会員募集をやる。

そして「高い」本を売りつける。

しかし[高いから]「良い」という[保障はない]。

事実、その男には[霊気はゼロ]。

幾ら高い金を払っても、自称する神仏の霊のカケラも[見ることはできない]。

オウム真理教も幸福の科学も1986年から活動していた。

欠席していたのは存在意義を理解できなかった我々のことである。

幸福の科学の本質を世界の人が理解できていたら湾岸戦争は起きなかった。

幸福の科学では、布施のことを「植福」と呼んでいる。

人間というのはどうしても自分の目で相手を見る。

金を集めるというだけで金儲け主義と勘違いする人がいるが、現在の経済システムでは社会に貢献するにも資金がかかる。

植福は、社会貢献できることが幸福という人の願いを叶えてくれるということも言える。


《 2-36 》
「エリカ・チータム著」の訳 「加治木義博著」の訳
偉大な予言者の書簡が横取りされ それらの文章は大予言から盗むだろう
暴君の手に渡るだろう 手のなかだけで奇妙にネジ曲げて暴君の作品に
彼は国王を欺こうとしていたのだが ゴマカすそのダンナ、その間にも強盗するだろう
まもなくその盗みのために 彼は窮地に追い込まれるだろう 素早く財産を横取りするが、その頃、トラブルが発生するだろう

偉大な予言者の書簡が私にも渡って、こうして私も利用している。

無意識のうちに人を欺こうとしていた可能性があり、私はすでに窮地に追い込まれている。

しかし、少なくとも意識では人を欺こうとはしていない。

聖書の次の御言葉は忘れない。

「悪いことをするなら、盗人になってあなたのところに行く。いつ行くか、あなたには決してわからない。」

加治木義博氏の解説では、

[大予言]はノストラダムスだけでなく、古来の大予言者であるイエス、マホメット、シャカの「教え」を意味している。

その男は、それらから文章を「盗んで」、それをいかにも自分の考えのように本にして売るという手段をとるというのである。

そしてそれを「強制的に」買わせる。名目は「買わせる」のだが、実質は「強盗する」のにひとしいというのだ。

しかもそんなことをしているうちにトラブルが発生するという。

それは当然で、避けることはできないに決まっている。なぜなら無知な人々を食いものにする、そんな見え透いた罪悪が、正義感の強い人々に見過ごされるはずがないからである。


《 8-98 》
「エリカ・チータム著」の訳 「加治木義博著」の訳
教会人の血が流される かの教団の仲間は血を流すだろう
大量の水のように なんと!水のように、大掛かりに、多量に
それは永らく抑えられぬ 長い期間、一人も残ったものはないだろう
悲しいかな 破滅と悲嘆が聖職に それ、それ、あの教祖、崩壊、哀訴

解説によると、

「聖職者の迫害を一般的に予言した詩のようである。」

オウム真理教や幸福の科学を理解できずにニセ者と決めつけて迫害するマスコミや国民を予言した詩のようである。

利己を捨てて神の意志で動いていた教団のリーダー達が、言論攻撃を永く受け続けて、そのマスコミを排除しようとしてしまう。

結局は、理解できない大衆や視聴者にもニセ者と決めつけられる。悲しいことである。

その点、日本の首相経験者は、パンチドランカーになって辞任することはあっても、暴力沙汰で刑務所に行くようなことはないので安心である。

加治木義博氏の解説では、

敗戦後つくられた新興宗教教団が、血で血を洗う内紛で、地獄の様相を呈したあと崩壊してしまうという予言。

やがて目覚めた若者たちが、その行動力で先頭に立って責任を追及し、実態を暴露して純真な信者たちを救うのでもあろうか。

そのときは中国の天安門の再現のようなものになるだろう。

それを阻止しようとする教団側との間に、流血が起こるのも、避けられない地獄であろう。

ノストラダムスもイエスも、救世主を名乗るニセ者が必ず現れると予言した。


次は、加治木義博氏が、“日本人救世主と「黄金の世紀」”として紹介している予言である。

《 3-2 》
「エリカ・チータム著」の訳 「加治木義博著」の訳
神の声が実質に与えるだろう 神の御言葉に実質を与える
天と地 神秘の行為に存するオカルトの 黄金などに含むものを 天地のもつ人知を超えた黄金を神秘信者たちに
肉体 心 精神はすべて強靱なり 身も心も理性も権力も全てもつ
あらゆるものは彼の足下にある あたかも天の座席のごとく 多くの基盤は天国の議席のように足もとに

解説によると、

「きわめて重要な詩で、やがて訪れる地球の“千年王国”を統治するため、宇宙から“神”がやってくることを示唆したものと思われる。

彼はあらゆる超能力やオカルト的な秘術を身につけた、つまり高度に進化した宇宙人であるにちがいない。」

大川隆法総裁のことだと思う。もちろん、大川隆法総裁は宇宙人でも管理神でも現人神でもなく、この世の人間である。

そこを勘違いして絶対視すると、FAX攻撃や弁護士殺害へとつながるのである。

日本人が日本人に期待を込めた訳である。具体的に言うと、大川隆法総裁のことである。

“天地のもつ人知を超えた黄金”とは、現代科学ではまだ解明できていない神だけが知っている黄金の理論という意味である。

神秘信者たちとは幸福の科学会員のことである。

次元を落とさないと理解できない私の目では、“多くの基盤”とは電気回路基板のことである。

会員がエル・カンターレの象徴として、あの世のことを教えてくれる大川隆法総裁を尊敬する分には問題ないのだが、大川隆法総裁は私達と同じ人間である。


最後は、加治木義博氏が、“読者を限定している予言”として紹介している予言である。

《 6-100 》
「エリカ・チータム著」の訳 「加治木義博著」の訳
この詩をお読みになる方々よ、これをとくとお考えなさい 『予言集』の読者よ痛切に検討すべし
卑俗無知の俗衆を近づけてはなりませぬ 文盲、大衆、無知な者よ決して触るな
星占い、愚かな者、邪宗の徒は、ことごとく遠ざけ 占星屋、愚者、未熟者は遠く隔離せよ
そうでないものだけを司祭の椅子に坐らせなさい 適切な他法知る人のみ聖なる価値あり

解説によると、

「この詩の原文は、全文ラテン語で書かれている。

ノストラダムスがはじめからそうしたのかどうかは不明だが奇妙な話だ。一つだけ気になるのが、占星術にたけていたはずのノストラダムスが、それを非難の対象に含めていることだ。」

加治木義博氏によると、

「ノストラダムスは、天文学を利用した複雑な計算(思考)によって予言を行っている。」

加治木義博氏の序文の解釈参照。


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五島勉著より『ブロワ城の問答』

五島勉著「ノストラダムスの大予言Ⅱ」での『ブロワ城の問答』と《 1-48 》予言紹介

五島勉氏は、『ブロワ城の問答』(予言書を読んだアンリ二世の妻カトリーヌとノストラダムスの問答)が多くの人に影響を与えたようだが、別のものによる救いも探っていた。

五島勉氏によると、

「この「問答」の、まとまった原本があるわけでもない。

資料として使えるのは、王妃の友人たちのわずかな日記や手紙類だけである。

彼女たちが切れ切れに書きとめ、その子孫が伝えてきたのを、比較的最近になって、欧米の研究家たちが、なんとかつなぎあわせたというだけ。」

とのことである。

『ブロワ城の問答』

しぜんに「一九九九年、七の月」の詩へ話題が移っていった。

そのとき「恐怖の大王」が空から降り、「アンゴルモワの大王」がよみがえり、「マルス」が幸福の名のもとに支配する。

カトリーヌはそれを読み返し、理解できぬままに身をふるわせて聞いた。

カトリーヌ

「わかりませぬ。信じられませぬ。ほんとうですか。ほんとうに一九九九年、この“恐怖の大王”とか申すものが降ってくるのですか?」

ノストラダムス

「降りまする」

カトリーヌ

「不吉な予言じゃ、......して、その“恐怖の大王”とやらはどのようなものなのですか?」

ノストラダムス

「さて、それはむずかしいご質問です。なんとお答えすればよいのか、わたくしにもよくわかりませぬ」

カトリーヌ

「わかりませぬと?それでは通らぬでしょう。それが降ってくると書いた以上、そなたにはわかっているはずです。いったい、それはどんな怪物ですか?どんな姿をしておるのですか?」

ノストラダムス

「姿は見えませぬ」

カトリーヌ

「姿が見えぬ?」

ノストラダムス

「はい。......しかし、誤解なさいませぬよう。幽霊という意味ではありませぬ。姿そのものはあるのかもしれませぬ。しかし見えないのです。おそらく、それはひじょうに高い空の上におり......目にも止まらぬ速さで降ってくるのでしょう。そのためか、それだけはわたくしにも見えませんでした」

カトリーヌ

「それは避けられぬのですか?そのとき人々は、黙ってそれを待っているほかないのですか?神や天使は何もしてくださらぬのですか?救いはないのですか?」

ノストラダムス

「ありませぬ」と憂鬱そうに答えた。

「救いなどどこにもありませぬ。人々は滅びるほかないのです。それがそのときの人々の定めと申すものです。ただし......」

ここで、話がとぎれていて、「ただし」の後に何を言いたかったのかは記録に残っていないが、更に信憑性が低い情報として、「じつは以前、王妃とこんな話をしたことがある」と友人に語ったという、追加の「問答」が何人ものまた聞きのかたちで伝わって残っているのだという。

それによると、

カトリーヌ

「しかし、そなたはあのとき、“ただし”と言いましたね。一九九九年七の月、世界は滅びる、救いはどこにもない、“ただし”と......」

ノストラダムス

「そう......そうでございました。たしかにそう申しました。一九九九年、恐怖の大王が降る、救いなどどこからも来ない。ただし、と」

カトリーヌ

「そのあとを聞きたい。“ただし”どうなのです?そなたはあのあと何を言おうとしたのです?」

ノストラダムスは黙った。彼はゆっくり立ち止まり、少し口ごもってからつぶやいた。

「しいて申せと仰せられるなら、お教えいたしましょう。......わたくしはあのとき、こう申し上げようと思ったのです。ただし、もし“別のもの”が......と」

(途中省略)

カトリーヌ

「申しなさい。そなたは未来が見えると言った。“恐怖の大王”のほかはなんでも。ならばその“別のもの”も見えているのでしょう?」

ノストラダムス

「いいえ。終わりのころのありさまでわたくしに見えるのは、大地震や飢えや戦いや......不思議な乗りものや光る鳥......そして“大王”が降ったあとの惨状......それだけです。“大王”が見えないのと同様、その“別のもの”も見えませぬ。ただ、もし“別のもの”が現われれば、そうした終わりのむごいありさまも消えていくように思われるのです。......そのときも戦いや欠乏は起こり、人々は苦しむでしょうが、“恐怖の大王”は降らず、“光の反対のもの”も襲っては来ない......。そして人間は、苦しみながらもつづいていくでありましょう。終わりはたぶん、先に延ばせるでありましょう。“別のもの”が現われさえすれば。」

五島勉氏は、ここで《 1-48 》予言を紹介している。

ノストラダムスが、まえがきで「われわれはいま七000年紀(七番目の千年紀)にいる」と説明を加えているということを示してくれている。

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加治木義博著より「序文」の解釈

加治木義博著「【真説】ノストラダムスの大予言」での「序文」の解釈と実例

加治木義博氏は、

「ノストラダムスの大予言の序文は、謎を解くのに重要な覚え書きであり、一見、むずかしそうに見えても、彼の「比喩(たとえ)のシステム」さえ飲み込めば、主要な言葉によって彼が何を言いたかったかがわかる。」

と説明している。

ここでは、ノストラダムスが教える解読法の要点だけを抜き出して説明している部分を引用する。

ノストラダムスが言う。

「お前に覚え書を残す目的でペンをとる」

「私は[伝統の][祖先伝来の言葉]をお前に残す。それは[予言が隠している謎]を解いてくれる」

「予言を空虚にしているのは[時]だ」

「自分自身の中にすべての[時]を含んでいる」

「示してある天文学の表現方法によってのみ」

「予言を理解することが」

「可能になる」

「それは苦痛なしには、可能にならない」

「時が速やかに過ぎ去る」

「これから訪れる時代」

「それは大層異常な形で出てくる」

「その法や教義や型など普通のものと異なる」

「今の時代の様式で限定されては誤解され」

「言うことを信じようとはしないだろう」

「訪れる世紀はすでに決定済みだ」

[祖先伝来の言葉]とはどういう意味だろう。

それは祖先から長い年月、すなわち[時]を経て伝わってきた言葉ということである。

太古から現在まで絶えることなく、秒、分、時、日、月、年と次つぎにつながって連続してきたものは、確かに[祖先伝来]のものである。

予言集の詩では、順を追って連続している数字がある。その一つは「巻数」である。

(訳者によって第一章の一と表現したり、本ページのように一方の表記に合わせないという理由で深い意味なく《 1-1 》と表現したりしているが、加治木義博氏は一巻の一という表現で統一している。その巻数の数字のことである。)

数も言語であり、数字は言葉を文字にしたものである。

そして[時]も同じく「数字」で表現するものである。

天文学は当時、科学の中でも最も進歩した学問であったという事実がある。

天文学で最も重要な要素は[数]である。

天文学では、天体の大きさも、距離も、その運行の速さも、周期も、天体と天体の相互関係もすべて数字で表わされる。

仮に数字が使えないとすると、天文学という学問は成り立たない。

だからノストラダムスが、この「天文学の表現方法」という言葉で、教えようとしたものは「数字」である。

ノストラダムス(というより神)は、「何も書いていないもの」も暗号として使った。

書いていないのに表現できるもの、それはたとえば「順序」である。順序は一から、十、百、千、万、億、兆と規則正しくならんでいる。

それは数字を書き込まなくても、きちんと「数」を表現している。

三番目にあれば三、五十番目にあれば五十と書いてあるのと同じ働きをする。

(本ページも順番やページ、項目番号などを書いていないが、単に、追加するときに番号をふり直す必要がないからである。)

「未来の王国(当時はフランスだが実は世界の国々)は非常に違った形になる」

「もし私がその未来を詳しく説明すれば、今の時代では」

「間違って理解される」

「この予言を信じようとはしない」

「短い言葉で意味がわかりにくく、また幾通りにも読める「短詩」を表現の手段に選んで」

「一定の法則による厳しい難関で理解できにくくし」

「一つ一つが他の詩と関連し合うようにし」

「全体をむずかしい意味のわからない形に編纂してある」

(互いに関連したものを集めて総合して初めて)「全体の事柄が(理解に)ふさわしいものになる」

(そんなことをした理由は)「王や権力者たちに『真意』を知られないため」

「だからこそ慎重に隠したのである」(当時のヨーロッパは「異端審問・魔女狩り」時代で、凄まじい暴力をふるったのが、こともあろうに 人々を教え導き救済するはずの「宗教家=キリスト教指導者」だという最悪の暗黒時代だった。)

「私は言葉で話すことも文章で発表することも止して」

「遠くの時代の人々にだけ話すことにしたのだ」

以上、加治木義博氏の緻密な序文の解釈の一部を引用した。

「今、人類史上最初の詳細な予測が可能になる」と題して更なる解釈が追加されているが、理解していない(推奨できない)ので省略する。 私は加治木義博氏の本著を棄却済みのため、再考もできない。

歴史を知ることで未来を予測できると主張する人もいるが、戦争の歴史から未来を予測されては迷惑である。

防衛費や資源がいくらあっても足りなくなる。対話によって解決する以外に人類が生き長らえる道はないのである。

戦争の歴史から戦争の原因を追及して戦争をなくすように軌道修正する必要がある。こういう目的のAIならば推奨する。

神は姿を持たないので、直接言葉で話すことも文章で発表することもない。

しかし、地球上のすべての出力を神の意志と考えることができる。

政治などの重要課題を話しあう場合などはとくに人間同士で会話に暗号を使うのは良くないが、神が数字で言葉を話していると思うことはよくある。

歴史の年代を記憶するとき、数字を言葉にして覚えた人は多いと思う。

例えば、代々木ゼミナールの山村の年代記憶法(1976年1月5日第1刷発行、1991年9月10日第62刷発行)では、次のように数字の読み方を示している。(少し追加している。)

《 数字の読み方 》
数字 読み方1 読み方2 その他の読み方
0 レ(イ) ナイ ゼロ、オ(ウ)、輪、月、雨、こまる、とんで
1 イ(チ) ヒ(ト) ワン、アイ、棒、ノ、ジュウ、ト(ー)、テ(ン)
2 フ(タ) ツ、リャン
3 サ(ン) スリ、シャ
4 ホ、ショ
5 イ(ツ) ファ(イブ)、ウ(ー)
6 ロ(ク) リ(ク)、リョ(ク)、シックス
7 シチ ナ(ナ) セ(ブン)
8 ハ(チ) エ(イト)
9 キ(ュー) ナイン、チュー
10 ジュウ ト(ー) テ(ン)
11 ばんざい こうさん ギブアップ、イイシラセ
(ルール) 濁音・長音などでも読め、最後にンをつけてよい。
例)4 --- シー、ジン、ボン、ポンなど。

実例

「当時の科学で限定されては誤解され、言うことを信じようとはしない。だから難解な比喩表現を用いている。」

実例としては、大川隆法著「太陽の法」がある。

イイシラセに目を向けて誰もが幸福になれるような文字通り良い社会を構築する必要がある。

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麻原尊師の取り組みとオウム真理教

麻原彰晃著「ノストラダムス秘密の大予言」の「はじめに」と巻末で次のように述べられている。

(はじめに)

だれしもが感じざるを得ないのではないかと思う。今世紀末には何かしらとんでもないことが起こるかもしれないと。

ある日、異次元へと飛び未来を見てきたわたしは、大宇宙占星学によって詳しいデータを探るとともに、他の予言者の予言と照合することによって、より正確な未来をつかもうと試み始めた。

そして、まず『ヨハネの黙示録』を解読したとき、「次はノストラダムスだ!」という強い思いに駆られたのである。

このノストラダムスの予言詩集『諸世紀』の解読には慎重を極め、渡仏した上での資料収集からスタートした。

そして三年が過ぎた今、多くの資料を土台とした上で自らの神秘力を駆使し、問題の予言詩“一九九九年...”の謎に挑む。

一九九九年七の月

恐怖をまき散らす大王が天から降りてきて

アングーモワの大王を甦らせるだろう

その前後に軍神が幸せに統治するだろう

刻一刻と時間は近付いている。今こそノストラダムスがわたしたちに遺した衝撃の真実を明かそう...。

一九九一年十一月

麻原彰晃

(巻末)

( 「1999年以降が予言されている秘密の詩4編があるが、今明かすわけにはいかない。」と原文のみ紹介後 )

読者諸氏が破局のうちにも救済され、新しい世界への切符を手に入れられんことを。


(補足)

麻原尊師が本気で人類を救おうと考えていたことは間違いない。

「渡仏した上での資料収集からスタートした。」と書いているだけあって、フランスでの資料収集時の苦労話が多く掲載されている。

三年前に資料収集をスタートしたということが本当なら、信者殺害事件前からということである。

『ヨハネの黙示録』を読んで人類が滅亡すると信じていたようだが、ノストラダムス研究家のショマラ氏と会談を行い、「一九九九年七の月~」(第十章七二)はノストラダムス死後に追加された偽物だと聞いて拍子抜けしたようだ。

しかし偽物ではないと仮定しての説明が全体を通して多い。

ちなみに、ショマラ氏は未来の警告を受けた人達の考え方が変わって救われると思うと述べている。

麻原尊師によると、『ヨハネの黙示録』は宇宙が維持の時代を過ぎて破壊され、虚空へと還元されるまで預言されているが、人類がいつ滅亡するか読めないので、予言期間の短いノストラダムスに目をつけたという。

宇宙が虚空に還元される日が来るなら、確かに人類も滅亡するに違いない。

麻原尊師は、次のようにも書いている。

「わたしは自分の教えを隠さなかったし、秘儀の伝授に値する、あるいはエンパワーメントに値すると認められる直弟子や信徒には、どんどんイニシエーションを与え続けてきた。

そして、弟子や信徒は、ある者は解脱という素晴らしい心の解放を得、ある者は神通力を得といった具合に、人間を超えて神や覚者(仏陀)へと近づいていっている。

しかし、それがこのあまりにも物質化しすぎたこの日本では、既成の価値観を覆すものとして恐れられたらしく、国家的な宗教弾圧、オウム・バッシングが起こっている。」

「歴史はオウム・バッシングが正しかったことを教えてくれた。」と一般には思われているが、少なくとも1991年の段階で麻原尊師は、自分達が正しいと信じて疑わなかったようだ。

オウム真理教の信者たちは、尊師の意識レベルが最高で、尊師の脳に近い人ほど意識レベルが高いと信じていた。

信者達は、麻原尊師が瞑想によって行う予言が続々と的中するのを見て「信」を強めたようだ。

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大川隆法著「ノストラダムスの新予言」

ノストラダムスの予言の目的は、「神の計画に従って人類の平和を実現する。」という崇高なものだが、通常の宗教家の予言は、人類が悪の道に走らないように警告を与えることが目的である。

悪い予言が的中した場合、その予言が効果がなかったことを意味する。

たとえばコンピューターの2000年問題。早くから警告を出し合っていたので、対応も早く、2000年を迎えて大きな問題には至らなかった。

たぶん「ノストラダムスの新予言」を購入した時についでに購入したのだと思うが、我が家で大川隆法主宰著「ニュートン霊示集」を発見した。20年前に書かれた本である。それには「日進月歩に目をみはる先端科学」と題して次のようなことが書かれていた。

「現在のワープロ、コンピューター、こういうものも、もっともっと簡単で、もっともっと能力を持ったものに変わっていきます。

ワープロなども今のようにそんな難しいものではありません。

これは本当にしゃべっただけで、文字になる。

あるいはしゃべらなくても思っただけで、文字になってくるような、こういう機械がおそらく発明されるでしょう。

思っただけでというのは、頭に一種のヘルメットをかぶり、ここにいろいろな電気回路を埋め込んであって、脳波の変化に基づいて打ち出していく、頭に描いた図をそのまま出していく、こういう装置がやがて出てくるようになります。

人間の頭のなかで描いたものを読み取る機械が出てくるのです。

それに基づいて設計図なり、絵なり文章なりが出てくる。こういう機械が発明されていくでしょう。」

人が考えていることを読みとれるようになるということは、高精度なウソ発見器が可能になるということである。

裁判沙汰になった場合にウソがばれるため、誰もウソをつけなくなるということであり、それがわかっている人は現在もウソはつけないはずである。

大川隆法主宰は「ノストラダムスの新予言」で次のように述べられている。

「人類が傲慢となり、神を否定し、うぬぼれ、自らの力を過信した時に、必ず天変地異や人災が起きて、人びとのその天狗の鼻を折られるようなことがあるのです。

なぜ人びとは、こうした時代に、そうした不幸が起きるのか、天変地異が起きたり、人災が起きたりするのかと、神を恨み、天を呪うことがあるかもしれない。

しかし天を呪う前に、まず自らを省みてみよ。

その時に、自らの中に、何か恥ずべきことがあるのではないのか。

うぬぼれ過ぎておるのではないのか。

科学が進んだとて、それが一体何ほどのことがあろうか。天の下に新しいものは何もないという。

あなた方が発見する以前に、数千年、数万年、数十万年、数百万年前に、あなた方が発見するようなものは、すでにあったのだ。

あなた方の文明のために、石油や石炭を提供するために、何億年も前から神は準備をされておったのではないのか。

そうしたことを知りなさい。

神はあなた方を見捨ててはいないではないか。

その理由として、こうして続々と霊言、霊訓というものを地上に問うておるではないか。

そしてあなた方に、正しい生きる道というものを教えんとしておるではないか。」

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引用著書の概要

本ページで引用した参考書籍(全て販売終了、貸出不可)と発売時期を感謝の意も込めて示す。

《ノストラダムスの大予言関連本と発行日》(当時の表記で掲載)
書名 著者/発行日/発行 特徴
ノストラダムスの大予言Ⅱ 五島勉(ルポライター)
昭和54年12月5日初版、平成3年4月1日第120刷発行/祥伝社
予言書を読んだフランス王アンリ二世の妻カトリーヌとノストラダムスの問答『ブロワ城の問答』が多くの人に影響を与えたようだ。
ノストラダムス全予言 エリカ・チータム(ノストラダムス研究家)著、山根和郎訳、流智明(占星学、神秘学などの研究と執筆)監修
1988年1月25日初版、1991年12月31日27版発行/二見書房
エリカ・チータム氏が生涯をかけてまとめ上げた労作。
ノストラダムスの新予言 大川隆法(幸福の科学主宰)
1988年6月20日初版、1991年2月10日第24刷発行/土屋書店
霊人との対話をまじえて、人がどのように考えて生きるべきかという心の教えを散りばめている。
ノストラダムス メシアの法 川尻徹(医学博士)
1988年9月30日初版、1990年8月15日10版発行/二見書房
私なみに軽い人かと勘違いしたこともあるが、人類の生命を守ろうとする情熱と、奇想天外ながら驚くべき洞察によって生まれた独自の解釈。ノストラダムスが予言集贈呈時に添えた「フランス王アンリ二世への手紙」が掲載されている。
【真説】ノストラダムスの大予言 加治木義博(歴史言語学者)
平成2年12月25日初版、平成3年3月1日第121版発行、
日本編=平成3年12月10日初版発行/KKロングセラーズ
予言集の巻頭に息子のセザール宛てとして書かれた「序文」と「フランス王アンリ二世への手紙」を予言集を解読するための重要な資料として利用した。驚くべき情報解析力。
ノストラダムス秘密の大予言 麻原彰晃(オウム真理教尊師、予言者)、オウム真理教翻訳チーム
一九九一年十二月十四日初版発行/オウム
地下鉄サリン事件に走った原因の一端が読みとれる。「予言者が予言者の書き記した詩を読むのに解読するための鍵など必要ないという理由から、序文の解読には力を入れていない。」と書いている。「日本語訳が出版されているが疑問に思うような訳が実に多い。」とも書いている。加治木氏の本は解読作業の途中で深くは読まずにザーッと読んで「自分達は違うやり方でやる。」という方針で独力で解釈を進めたものと思う。
ノストラダムスの謎 飛鳥昭雄(サイエンス・エンターティナー)
1992年7月7日第1刷/講談社
ノストラダムスの生涯を写真付きで紹介している。
人類最後の救い 嶋美鶴(執筆家)
1992年11月11日初版第1刷/中央アート出版社
自らが生命の道を選択さえすれば、すべての苦しみから解放されるときが到来していると述べられている。他人の生命を奪わないという条件も加える必要がある。
[言霊でしか解けない]聖書 飛鳥昭雄(サイエンス・エンターティナー)
2007年1月31日初刷/徳間書店
エンターティナーである著者のウケを狙った大げさな解釈がおもしろいが、読者にオウム真理教以上の危険な思想や思い込みを植え付ける可能性がある。

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神はサイコロを振るだろうか~WBCなど奇跡の話題

●2017年5月5日追加

今朝、カリブ海に浮かぶ自然豊かな観光地として知られる、アメリカ自治領のプエルトリコが財政破綻というニュースが入ってきて、ドキっとしたこともあり、今日は今年行われたWBC (World Baseball Classic)の話題のメモをまとめることにした。

日本が準決勝でアメリカに惜敗するまで、対戦してきた相手は、キューバ以外、ほとんど対大リーガーという印象で、ワールドな大会という気がしなかった。というか、練習試合からして一国の代表のような選手達だったりした。

メジャーリーグしか参加しないワールドシリーズで勝ったことがあるシカゴ・カブスとの練習試合に時差ぼけもあるが負けたということをニュースで見たので、さすがは大リーガーと負けたという事実のみに注目。翌日のドジャース戦は9回逆転サヨナラ負け。阪神タイガースにも負けているし、台湾とも紙一重だったので、本番ではどっちに転ぶかわからなかったが、本番は快進撃。敗れた相手がアメリカでしかも惜敗という結果。勝ち負けしか興味がない私にとっては優勝の次の盛り上がりで良かったと思う。野球そのものを熟知した上でプレイそのものを深く見ている人にとってはいかがだったろうか。選手達は練習試合は手の内を見せたくないなどの意識が働いて部分部分のチェックに忙しかったのだろうか。野球でたまに乱打戦になることがあるが、細かいことがわかっていないと、盛り上がるどころか飽きがきて眠ってしまう。


というわけで、ここで話題にするのは野球の内容ではなく「WBCで起きた1/32万4900の奇跡」という副題で採り上げられた“奇跡”のボールキャッチの話。私が見たテレビ説明の中ではフジテレビのMr.サンデーという番組がいちばんわかりやすかったので一部を引用する。

試合はドミニカ共和国×プエルトリコ戦。

ドミニカ選手(CRUZ23)のホームラン性の大飛球を最前列の男性が両手を伸ばしキャッチ。しかも素手。 ビデオ判定によりスローモーションでボールと手の動きをじっくりとチェックしてようやく確認できたホームラン。 これが静止画像でボールを握りしめた写真だけだったらホームランとは判定されなかった可能性が高い。 より精度の高い判定が可能になっている現代である。

その後、今度はプエルトリコの選手(17)のワンバウンドの打球を同じ男性がキャッチ。 こちらはエンタイトル2ベースかどうかでビデオ判定。 キャッチしていなければ2塁打が3塁打になっていた!?と物議をかもした。
1試合で2度ボールをキャッチする確率は32万4900分の1。
野球少年の息子と初めてWBCの試合観戦に来ていたお父さん。
試合後にこう語ったという。

「ボールが私の方に飛んできたので手を出したら手の中に入ってきたんです。」
「2回目もまた同じ方向にボールが来たので手を出したらまた入ってしまいました。」


1/32万4900という確率には異議がある人もいるようだ。というか異議しかないという感じだが。
守備範囲の広さで確率は変わるはずという古舘氏の説があった。説というよりも事実と言ったほうが正確か。

メインキャスター宮根氏の頭の中はさすがに話題の宝庫。

宮根氏の知り合いで近鉄バッファローズの佐々木おさむさんがロッテ戦川崎球場で3者連続ホームランを打たれた。 そのときホームラン打った選手がぬいぐるみをもらえる。それをスタンドに投げたら3つとも同じ子どもが取った。 すごい確率で取るなと思ったら、川崎球場は人が少ないから守備範囲が広くて取れる確率が高かったという話。 ロッテ-近鉄戦は人がいないからということだが、こういう見方ではドミニカ共和国×プエルトリコ戦の上記例は非常に低い確率であることは間違いない。思わず、いつかこの頁に追加しようとメモをとったしだいである。

23と17という数字から職場での雑談を思い出して、更にはこのとき話題の防衛大臣や近所の中学校(フジテレビがバレーボール全国中学大会決勝をテレビ中継していた時代に県勢同士で決勝進出してテレビ出演した中学校)のことを思い出してしまったが、神はサイコロを振るだろうかという思考が脳裏を走ったのだった。 17というとイチとかイナとか連想すると思うが私は職場ではひな人形を連想すると伝えたのだった。 1は愛(i)とも読めることを考えると数字で人に何かを伝えるには解釈の可能性が多すぎて、いざという時の情報の伝達手段に使えるものではない。

個々人が内に秘めて様々な解釈をする分には問題ない。たとえば私の場合、“おります。”という文字列に遭遇すると、普通に読むと「益々檻の中」みたいな嫌な感じがするが、反対に読むとマルスマリオと読めるのでマルス(軍神)はゲームの中の話だと思い込むことで長年にわたって嫌な感じを抑えていた。リオオリンピックの開会式で安倍首相がマリオで登場した後は安倍首相の軍隊がらみの話がゲームの中の話みたいに聞こえるようになっている。今は危機を危機と感じないという大きな懸念がある。リオ五輪中はほとんど快晴で開会式と閉会式だけが雨だったということで東京五輪がらみの雲行きが気になるところではあった。ちょうど渋谷の大雨がブラジルに届いたという風情だったが、マリオのことなので(ゲームのことなので)心配はしていない。


こういうエピソードが私の頭の中にあったため、職場で雨男が話題になった日(「すごい雨と風だ。雨男は誰だ」などと誰かが言っていた日)は、家に帰ってNHKのデータ放送で安倍さんの話題がないかをチェックしてみた。すると、次の内容を発見した。

「安倍首相 共生社会実現へ法整備指示」(NHKデータ放送より)
安倍総理大臣は、3年後の東京パラリンピックを機に、すべての人が支え合う共生社会を実現したいとして、公共交通機関の整備基準の改正などを盛り込んだ行動計画の具体化に向けて法整備などに取り組むよう関係閣僚に指示しました。学校教育全体で障害者への理解を図る「心のバリアフリー」を充実させるため、障害者との共同学習を推進するほか、車いすを使う人が駅などを利用する際に円滑に移動できるよう、新年度(平成29年度)中に国が定めている公共交通機関の整備基準などを改めるとしています。また、障害者もメンバーとして加わる新たな会議を設けて、こうした施策の実施状況を毎年検証し、不十分な場合はオリンピック・パラリンピック担当大臣が関係する府省庁に改善を求めるなどとしています。会議の最期に安倍総理大臣は「東京パラリンピックを契機として、障害のある人も無い人と同じように可能性や能力を活かすことができる共生社会を実現し、大会の最大のレガシーの1つとする」と述べ、行動計画の具体化に向けて法整備などに取り組むよう関係閣僚に指示しました。

安倍首相の素晴らしい行動力に私も心が快晴となったが、安倍首相の話題としては、トランプ大統領の次の発言もあった。

失言が話題のトランプ大統領、「日本の安倍首相はいいやつだ。『F35戦闘機の購入で何百万ドルも節約できた。ありがとう』と言われた。メディアは私に感謝しないが、少なくとも日本は感謝している。」

アメリカの大統領がとても軽すぎる気がして寒気がした。


今年はいつにもまして延長再試合とか奇跡的な試合が多いと思うのは私だけだろうか。
野球は例が多すぎて書かないが、(メモってないから書けないのだが)
サッカーでは、「欧州CLバルセロナ、史上最大の逆転劇。アウェーで4-0で敗れていたが、残り数分でネイマールの3得点などで奇跡が起きた。」など。
将棋では14歳で16連勝の快挙など。


ここで五輪がらみでの私のことを言うと、一度利用済みのエピソードが繰り返されることはほとんどなく、リオ五輪を前にして、チャイコフスキーのボルトが聞きたくなって聞いても、偶然手にしたバレエのボルトを鑑賞しても今回はわからないという思いだったのだが、無意識のうちにボルト(ネジ)を池袋で購入するに至って、やっぱりまたボルトだと金を確信したのだった。

女子サッカーのなでしこジャパンは、2011年の女子のワールドカップサッカーではなんとしても勝って欲しいという思いが結果に通じた。次の大会では決勝進出後の大敗を連想してしまい、大敗しないようにという願いが強かったが、結果的には大敗ではなかったが、前半16分で4点取られたという話は連想との関連を思わせた。男子のワールドカップブラジル大会ではよもやまさかのブラジル国民のワールドカップに対する風当たりとデモ。リオ五輪ではさらに伝染病の話もでたりして、気がついたら予選敗退していて安心してしまった。

ソチ五輪を前にして葛西紀明選手の金メダルを期待したが、職場の人から葛西選手はどうかと聞かれてしまい、それで残念ながら金メダルはないと確信したのだが、幸い銀メダルは取れてよかった。どうしても勝ってほしい選手に関しては話題にしないでほしいと思っている。


小池都知事の魔法使いサリーのコスプレが話題になったという2015年のハロウィーンの日は次のメモを残している。

(休日出勤時の仕事の内容に続けて)
「ついこないだまで半袖を着ていたというのに長袖でも寒く感じたハロウィーンの日、定期券内で買える店で厚めのシャツを購入することにした。歩いていてたまたま目に入ったのが高貴なイメージのAOKI(青木)の店頭バーゲン品。安かったので薄めと厚めのシャツ2着を購入して帰宅した。家で試着しようと思って“AOKI”の文字列に注目しつつテレビをつけたところ、たけしのスポーツ大将特番が放送されていてゴルフの青木さんが映し出された。雨の中、ときには厳しいお言葉をお残しになられながらの青木さんの最後のスーパーショットには視聴者の誰だって仰天。期待通りすぎる結果にとてもすっきりした良い気持ちでチャンネルを回すとちょうどフィギュアスケート男子ショートプログラムの最中だった。表現力の高橋と町田の引退という空虚さがまだ消えていないこのごろ、意識が仕事に追われているという中にあっても羽生(HANYU)選手などの演技を見ることができて良かった。中国語を学ぶとわかることだが中国語読みのHANYU(汉语、韩语)は中国語と韓国語を意味している。中国語は声調で意味を使い分ける。3年半ぶりという日中韓首脳会議の前夜という繋がりである。なにしろ、羽生のコーチはミスター3回転半と言われたあのブライアン・オーサーである。」

あれっ、福島千里さんのことが書いていない。今現在、青木さん以外で一番記憶に残っているのは、チャンネルを一時的に回して見たたけしのスポーツ大将特番で男相手に一生懸命走る福島千里さんの姿とインタビュー。上記メモは単なる日記ではなくどこかの頁に利用するつもりだった模様。事実、一部は福島千里さんの話題とともに利用している。

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宇宙人とUFO

●2010年8月6日に掲載した内容

UFO特集などによると、宇宙人が飛ばす乗り物UFOは直線的な動きをせずに、あっち行ったりこっち行ったりすると言われている。

季節によっては、まっすぐに飛ばないでUFOのような動きをする虫の大群を見ることができる。

UFOの飛行動作と同じ動きをする虫が現に存在している。

神は、思考に合わせて、あっち行ったりこっち行ったりする飛行物体を創る技術を大昔から知っているのである。

地球に住んでいる人間は、地球外に人間のような知能を持った生物が存在するかしないかを把握していない。

「確率的に見て存在するに違いない」と予想はできても「存在する」と断言することはできない。

もしも、地球外にも生物がいて、その生物(宇宙人)が地球に到達したとする。

地球に到達したということは人間の知能とは比較しようもない高レベルの知能を持った生物ということである。

当然ながら、人間の脳が考えることは全て一瞬にして把握されるものと思う。

そのため、宇宙人を攻撃しようとか、戦略とかいう思考は全く無意味である。

というよりも、宇宙人の都合に合わせて脳を操作されるものと思う。

宇宙人が神である場合は、霊ネットワークを通じていつも地球にいるも同然である。

従って人間は宇宙人が攻めてきた場合の防衛策を考慮する必要はない。

●2011年3月30日追加

UFO目撃情報とか実際に撮影したという映像が今も多い。

宇宙から飛んできた物体であるUFOに宇宙人が乗っていて実際に見つかったとしても、それを送り出した宇宙人からみると、超長旅に耐えられる素材でできているオモチャや人形の類だと思う。

●2011年9月5日追加

スカイツリー上空にUFO発見!!

2011年8月27日、隅田公園近くで隅田川花火大会を鑑賞した後、歩いてスカイツリー方面に向かっているときに生まれてはじめてUFO(未確認飛行物体)6機を見た。


  ← V字飛行を見せ続けてくれたUFO

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         スカイツリー
  

写真に撮りたかったが、映らない可能性のほうが高いと判断してじっくり見ることを優先した。

動きは鳥のV字飛行そのもので、左右の2機目が入れ替わるという鳥のような動作もあった。

鳥との違いは、白い発光体のため夜なのにはっきり見えたこと、鳥にしては大きすぎるということ。

風船との違いは、鳥のように自ら動作をしている、あるいはどこかで誰かが操縦している物体だということ。

飛行機が飛んでいるところも見たが、飛行機は、まっすぐにライトを点滅させながら飛行機らしく飛んでいた。

UFOは、わりとゆっくりと建物の陰で見えなくなるまで鳥のようにV字飛行で飛んでいった。

隅田川花火大会を写真撮影したので、映ってないだろうかと思って調べてみたが、残念ながら映ってなかった。

花火そのものに、見たUFOに似ている写真があって笑えた。

花火の写真を使ってUFOのイラストでも書こうかと思ったぐらいだが、絶対目撃情報があるはずだと思い調べてみた。

インターネットで検索してみたのだが、目撃情報が全くないことに驚いた。

人通りが少ない中、近くを通った二人に確認すべきだったが、話が盛り上がっていたので声をかけられなかった。

だいぶ離れたところを歩いている人はいたが、上を向いて歩いている人はいなかった。

まさか、本当に誰も見ていないのだろうか。それとも、マスコミをはじめ多くの国民が隠しているのだろうか。

私が見たUFO情報そのものはなかったが、ネットには同種のUFO情報があった。

偽者扱いしているコメントが多いが、同種の実物を見た私としては映像を信じる。

動画はデジタルファイル化されているため、誰もが利用できる。少しでも加工すると偽物呼ばわりされうる状況を危惧している。

デマを流す人がいることを前提とする社会や風潮を改善することで、飛躍的な省エネ社会が実現できる。

もともと神に監視されていることがわかっている私は、実際にUFOを見て、ただただ感動した。

見たUFOが本物か偽物かとか、宇宙から来たものか人類が作ったものかということは、さほど大きな問題ではない。

もともと信じていたことだが、きょう子さんのおかげで霊言という現象に嘘がないことがわかったのと同様に、UFO写真も偽造したものではないという確信を得ることができた。

●2011年10月12日追加

ニュースで戦闘機のV字飛行をみて、私が目撃したUFOとの多くの技術的な差が判明した。私が見たUFOの特長は次の通り。

戦って勝てる相手ではないことがわかった。

未来の乗り物を見た思いである。

●2011年10月20日追加

テレビではなくインターネットの2chということが残念ではあるが、UFOの目撃情報を待った甲斐があって次の投稿を発見した。

「風吹けば名無し」さんの投稿

投稿日時:2011/09/18(日) 17:30

スカイツリーで普通にUFO飛んでた

今日スカイツりーを自転車で通り過ぎる機会があったんだが、 10個くらい白いUFOみたいのが普通にフワフワ飛んでてびびった。 正確には1個は赤だったが。みんな騒いでなかったから平静を装ったがなw

UFOの目撃情報というと疑いの目で見られる場合が多いようである。 そのために、私がこのページのUFO目撃情報を書いているときに、記憶があいまいな部分をごまかした、あるいは躊躇して書かなかった、などの内容を見事に指摘されている。神の前に隠せることは何もないということを実感した。

情報開示という意味で私のレポートには問題があったことがはっきりした。 私が「風吹けば名無し」さんの目撃情報で注目したのは、「10個くらい」「フワフワ」「赤」の3つである。

・「10個くらい」

私は「UFO(未確認飛行物体)6機を見た。」と明言しているが、正確には「6機ぐらい」だった。あれだけじっくりとUFOを鑑賞したわりには機数の記憶が定かではなかった。当日の日記にも「民主党首相候補5人決定記念隅田川花火大会後、スカイツリー上空をUFO5~6機発見」と書いている。

5機だと民主党首相候補5人を連想する人がいると思い、6機と明言してしまった。@で描くと6機のほうが自然だと思った。本当は5機または7機のどちらかである可能性が高い。なぜかと言うと左右対称のV字飛行で、左右の2番目が入れ替わるという動作が自然だったためである。実は日記を書いた時点で7機だったような気もしたが5~6機と書いたことを覚えている。6機の可能性は低い。弁解すると、誰かが「私が見たのは5機(あるいは7機)だった。」という目撃情報を期待したという部分もある。

・「フワフワ」

10月12日に追加した内容の「私が見たUFOの特長」の3番目は、「戦闘機はガチガチの飛び方だが、UFOはフワフワの飛び方である。」と書こうと思って戦闘機はガチガチと書いたのだが、フワフワと書こうとしたところで、次のように考えた。

「ネットには同種のUFO情報があった。」と書いて映像を紹介したが、その映像はフワフワしていないので、同種とは言いきれない。「同種の実物を見た」という記述が嘘っぽくなる。

嘘ついていると誤解されたくなかったので、フワフワというあいまいな表現よりも、大雑把に見ると比較的近いWindows7の球体の表示を例に使った。紹介している映像も1機1機が明確ではなく全体としては同種だと感じている。

ついでだが、10月12日に追加した内容の「私が見たUFOの特長」の2番目の「排出物がない。」は厳密には「排出物が見えない。」である。

・「赤」

私が見たUFOは全て白だったが、UFO目撃レポートを書いているときに、概ね次のように書こうとした。

「スカイツリーはライトアップされてなくて、UFO以外の発光体は飛行機とスカイツリーの警報ランプと思われる赤い点滅だけだった。」

このレポートから警告というイメージを避けたいために、このメッセージを躊躇したのだが、隠すようなことではなかった。

UFOを見たときには近くを歩いている人が少なかったが、その数分前に隅田公園を通ったときには多くの人がいた。誰も見てないのだろうか。


  ← V字飛行を見せ続けてくれたUFO

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  @(↑↓)
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●2011年11月01日追加

「風吹けば名無し」さんの投稿日と同じ日(9月18日)のUFO情報を発見した。

地震前兆掲示板より、

「変な話で、すみません」

投稿日時:2011/09/18(日) 17:55

このページから引用、

銀色に眩しく輝く飛行物体を見つけました。
黒い時は横長の細長い物体に、
銀の時は、それがやや膨らんだ感じに見えました。
急に2機並んだと思ったら、今までにない速い動きで、並んだまま右に移動、そしてきれいに並んだまま急旋回して左に移動、・・・しばらくして消えました。
真っ昼間の東京で、5分も飛んでいたなんて!
並んだ高速急旋回からすると、風船ではないと思いました。

コメントでアルミ風船の可能性を指摘されているが、「高速急旋回からすると、風船ではないと思いました。」と言う文面から、空気の流れに沿って動くような風船ではないと思う。

言葉だけの表現だと風船とか鳥と誤解されやすいが、私が見たものも無操縦の風船の可能性はない。飛行方向に意志が含まれているためである。

特に私が注目したのは、「黒い時は横長の細長い物体に、銀の時は、それがやや膨らんだ感じに見えました。」である。

私が見たUFOは、それぞれが独立して形状が微妙に変わりながら動いていて、風の影響ではないとわかるものだった。簡単に言うと「鳥のようなフワフワした飛び方」である。

銀色というと、大川隆法総裁と田原総一朗氏の対談で話題になっていた話で、技術系の系統である銀色光線を連想する。

現代科学の使い方さえ間違わなければ明るい未来が待っていることを思い描かせてくれる。

9月18日の私のメモをチェックしてみたところ、前日(9月17日)も含めて地震に関するメモが多く、「18:36には三陸沖で地震があったが、これを機に地震情報をメモるのをやめることにした。」というメモにもかかわらず、「NHKとBSプレミアムで宇宙の渚を放送中に地震。」などのメモが残っていて、9月18日の19時36分と19時39分に青森三八上北で地震があって、「このメモを書いている最中に水と氷が入ったお茶碗をこぼした。」などと書いているところを見るとかなり動揺した模様である。

9月18日のメモには、フジテレビの新報道2001に関する話題も少し含まれていて、猪瀬氏の発言「改革は思いつきからはじまる。思いつきが悪いというなら何も言えない。」に大阪府知事が同調したことが書かれている。「思いつきを否定することはジャズの即興を否定するようなものである。」などとどこかで書こうと思って残したメモだが、政治の場合は、原発事故の可能性などの緊急を要することを除いて、思いつきで突っ走ることなく議論してから決めるべきだということは言えると思う。

●2011年11月07日追加

文化の日(11月3日)の入間航空祭(航空ショー)を見てきた。鑑賞用としては、ブルーインパルスの圧勝である。たまに近くをカラスが飛んでいたが、私が見たUFOは、戦闘機よりはカラスに近い。飛んでいることに誰も気がつかないほど存在感のないUFOと違って、効果音がすばらしかった。

海外のUFO情報に対する次のコメントを発見。

UFO自体が一つの生命体だな、こりゃ
乗り物じゃないんだね

確かに、私が見たものも宇宙人が乗っているという気がしなかった。

宇宙人が乗っているという証拠にはならないが、飛行体そのものが宇宙人という可能性はある。

「地球」という生物が、人間にわからないように、こっそりとどこかで作っているという可能性もある。

発光する生物も飛ぶ生物も現に存在している。

「人類が滅亡すれば、地球は生き残れる。」という警告の映画が紹介されていて、それに対する次のコメントに、もっとギクッとした。

現実を見なさいというオマエラへの忠告なんだと思うよ。

私個人は拉致されているがごとくに一歩も動けないという現実があるが、今日、朝ズバッで見た現実としては、やはり被災者である。東日本大震災からもうすぐ8か月になるが、数多く目撃されているUFO情報も現実である。9月27日の目撃情報として、残業を最低でも2時間やっているという人による、職場の多くの人とともに見たという情報があった。

「三十路オトコのくだらないブログ」

投稿日時:2011-09-27 19:13:03

数日後に写真も提供されているが、福島や新宿で撮影されたものと同種のものだったようだ。「赤色のUFOが、なぜか一体だけ存在していました。」は9月18日の情報と同じである。このページを今日(11月7日)閲覧していて、間違って、TPP賛成派と反対派と慎重派が掲載されているページにジャンプした。TPPに賛成とも反対とも言わない慎重派は汚いみたいな印象を受けた。この人なら交渉力を期待できるという人が内閣にいれば別だが、参加して先がどうなるかわからない情報だけでは、プロの政治家であっても賛成とか反対とか言えるはずはないので、私は慎重派に一票。最終的には首相の判断を尊重する。たいした情報を持っていない我々庶民は、リーダーへの忠誠心も必要である。私は、国単位ではなく業界単位の政策を求める。つまり、仮に弱者を保護するとしたら、国が保護するのではなく自分が属する業界が保護するようにするのである。たとえば農業の米生産農家の場合、国境という概念を取っ払って(オープンにして)、世界で米を生産する農家の代表が協議して決めるということである。どこが災害にあっても良いようにアメリカでも日本でも中国でも東南アジアでも米を生産できるようにする。お互いに協力しあって、品種配分や収入配分は業界で決める。なるべく地産地消を優先させる。輸出向け農産物を作る農家が増え過ぎるようでは困る。米生産農家のライバルは他の食べ物の業界ということになる。他業界との一時的なトレードも考えた割り当てが必要になってくる。自動車業界も同じようにメーカー同士の競争をやめて協力するようにする。レアアースも中国だけでなく何か所かで生産するようにする。どの業界も消費者を優先して限りなく無料に近づける。失業者がいつでもボランティアが可能な社会にする。このような考えのため、TPPには賛成とも反対とも言えないのである。このページのデータではTPP反対派のほうが多い。

●2012年9月02日追加(情報訂正)

スカイツリー上空にUFO発見後1年が経つが、去年の記事で隅田公園と書いた部分は日本庭園(隅田公園水戸邸跡)に訂正。

●2015年1月03日追加

毎年必ず見ている年末恒例のビートたけしの超常現象スペシャル番組。この年末も見たが、思わぬ内容にびっくり。 私が中国出張中で見ることができなかった2013年の番組収録中にUFOの大群が現れたということで画期的なことである。 まさかテレビ放送に出演してくれるとは。スタッフや出演者達の長年の功績に対するご褒美と言える。 通信方法は誰でもわかるような内容になっていた。本当は人間の知能では理解できない複雑な技術を使っていることは間違いない。 人間一人一人の意識が監視されている。中国出張中は、大企業の面々と一緒にワゴン車で通勤したが、一挙手一投足を把握している存在があった。たとえば手を頭に移動する動作のタイミングとか思考している内容など詳細に把握されている。こういう事実を知らないことが物事を自分で考えて理解するということに真剣になれる原因になっていた。こういう話に聞く耳を持たないことが繁栄をもたらしているように思えた。

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